旅のフォトエッセイ 「緑のなかへ」

 最も好きな音楽家の一人にドビュッシーがいる。はじめの出会いは交響詩「海」だった。この曲は多彩な海のイメージを聴き手に与えてくれる。夜明け前の海原を疾風が吹き抜ける様子、寄せては返す無数の波、目も眩むような光の乱反射。きっとこれらのイメージがボクを捉えたのは、生まれ育った土地に起因しているのかもしれない。さまざまな要因が重なり、一気に彼の音楽にのめり込んでいった。その後、「牧神の午後への前奏曲」や「Syrinx」といった、あたかも白昼夢を描いたように、どこにも到達点を持たない曲の魅力に取り憑かれていった。
 20代の半ば頃、はじめて生の演奏でドビュッシーを聴いた。場所はベルギー、ブリュッセルだった。ピアノのソロリサイタルで、演目はバッハやバルトーク、それにドビュッシーだったと記憶している。今でも鮮明に覚えているのが、バルトークの「ソナタ1926」とドビュッシーの「喜びの島」である。どちらもピアノが本来、打楽器であることを思い知らされるような演奏で、身体が自然と前後左右に揺れていた。それはまた、新たなドビュッシーとの出会いだった。
 そういえば、ボクの家の本棚の片隅に、もうずっと長くフルートが置いてある。ほこりを被っているそのフルートは、初めて働いたところの先輩から1万円で譲り受けたものだ。練習をしようと教本を買ってはみたが途中で投げ出してしまい、いまではその教本もどこへいったのか見当たらない。
 先日、知り合いの誘いで札幌交響楽団のドビュッシーを聴きに行った。実をいうとここ何年も音楽を聴くという習慣から遠ざかっていて、久しぶりに聴いた彼の音楽にあらためて魅了された。これを機にもう一度、ほこりまみれのフルートを本棚から取り出し練習してみようか。あの美しい旋律を奏でられるかはわからないが、せめて気分だけはパンの神ように。

山本真人
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